2019 06

18

ご挨拶

いつもご訪問ありがとうございます。

ハニイドロップは2019年7月15日をもって閉鎖いたします。


長い間沢山の方々に愛して頂き幸せでした。

ありがとう。
そしてさようなら。

ハニイの彼らがあなたにとって良き思い出となれたなら嬉しいです。



ハニイドロップ管理人/カズハ

2019 06

18

閉鎖に向けて

こんにちは。
閉鎖日が決まったのでお知らせします。

年末までとしていましたが、予定を早めて、7/15で閉じることにしました。

閉鎖までの流れは次の通りです。


・本日……挨拶文掲載(最終記事)
・7/12頃……蔵馬サーチ削除申請
・7/15……閉鎖日
・7/16~……完全削除

※Twitterでの幽白切り絵は継続

もっと沢山書いて出したかったのですがっ
去年予想外に目を傷めて以来、デジタルでの文章の読み書きが認識できないというテキストサイトには致命的な症状が続いているため、早めの閉鎖を決心するに至りました。

展示品は閉鎖まで置いておくので、その間、ハニイの彼らの軌跡を振り返ってみたりする時間にして頂ければ嬉しいです。


***

いざ閉鎖となると何をどのタイミングで語っていいのか。

もう18年分の思い入れがありすぎて。
18年……って長いですね。

とりあえず、最後まで南野さんがかっこよくなることはなかったけれど、開設からの十数年報われなすぎてストーカー化するという辛酸を舐めていた南野さんがいつのまにか攻めの三人に愛されていてよかったです。愛されているというかいじり倒されているというか。

近年はCP以外(海藤・畑秀・空・プー)の記事も読んでもらえるようになってとても嬉しかったのです。

そしてパパ蔵!!UMA級に珍妙なこのCPを自然に受け入れてもらえたこと、そして好きだと言ってもらえたこと、本当に感謝しています。
どうしても出したいと言っていたパパ蔵、未完ではありますがひとつ下の記事に置いていきます。

またここ数年は美貌の過日の児島さんともコラボさせて頂きました。どれを取っても美しい挿絵をありがとうございました。


***

人生ずっと幽白と在ったので離れたら自分がどうなるのか見当もつきません。
それほどに彼らは私の心に奥深く根付き、また私も全てをもって愛した存在でした。
そんな彼らとお別れするのはやっぱり寂しいものですね。


それではそろそろ幕を降ろそうと思います。

これまでハニイの幽助・桑原君・南野さん・パパにお付き合い頂きありがとうございました。

温かく、ときに情熱的なメッセージや拍手の数々は大切に胸に刻んでいきます。

皆さんの幽白ライフがこれからも充実したものでありますように。

2019 06

16

【淡雪】叩き台 未完

突然ですが予定を早めて来月閉鎖することにしたので、出したいと言っていたパパ蔵、未完ですが置いておきます。
以前小ネタ記事に載せたもののSSバージョンです。
「ちょっとおいで」!
未完・未推敲・未整形と未の三点セットで読みにくいかと思いますが(現在文章がうまく認識できず改行を入れるのもままならなくて)、パパ蔵のお好きな方へ。

また後日、閉鎖までのスケジュールのお知らせと、閉鎖の御挨拶文を掲載します。
2記事同時に掲載するので、皆さんとお会いできるのはそれで最後になります。

よろしくお願いします。



東京は雪の中で新年を迎えた。早朝から降り始めた粉雪は次第に綿雪へと変わっていき、しまいに記録的な大雪となって都心の景色を白く塗り変えた。吹雪ではなかった。ただ音もなく、大ぶりにちぎった真綿のような雪ひらが、雪慣れない人々の上に降りつもった。それはもうすぐ二時になろうかという今でも相変わらずで、例年ならこの時間参拝客でひしめく神社はこわいほど静まり返っている。夜目にも白い雪の上には足跡ひとつなく、境内に植えられた南天の赤い実が、冷たい帽子をかぶって首を垂れていた。見る間に靴を濡らしていく足元の雪を蹴りはらう。と、本殿に控えた宮司が音もないのに遠目からオレを見た。まあ無理もない。この風貌が神社にそぐわない自覚はある。日本人離れした巨体にサングラス、年甲斐もなくまとめた長髪。見るからに信仰心の薄そうな男が、この大雪の日に、ぽつんと参道の入り口に突っ立っているのだ。悪天候に乗じた賽銭泥棒を疑われている可能性さえある。
どうしてこんな天気に。
降りやまない雪空をあおいでごちる。大晦日までの晴れ間が嘘のようだ。多少ちらつくと天気予報で耳にはしたが、初詣の約束さえ雪で潰れかけたのだから、多少の範疇を超えている。
『今からでも構いませんよ』
そう言い出したのは南野君のほうだ。晴れてさえいれば、助手席に乗せるはずだった青年だ。日中に隣の県まで参拝に行く予定が、この大雪では到底無理だと諦めて、午前一時を回ったところで電話を入れたらこの夜中に家の近くまで来るという。
『駅二つ分なら歩けますから。近くに神社があったでしょう?そこで待っていてください』
『歩くって、こんな大雪の中を?』
『ええ。狐は雪に強いんですよ』
心配御無用と言わんばかりの声だった。聞こえてくる衣擦れの音から、携帯電話を肩に挟んだままコートを羽織ろうとしているらしいのが目に浮かんだ。オレの心配を察してか、何度も「大丈夫」を繰り返していた彼がふとこう聞いた。
『大丈夫ですか?』
微かに声が曇った。彼の口にする「大丈夫」の指すところが悪天候だけに留まらないことに、オレはそこでようやく気が付いた。改めて思い知らされたと言ってもいい。家族の目。世間の目。日頃から懸念しているそれらもひっくるめて、彼はオレに問うのだ。大丈夫か――と。衣擦れの音が止まった。オレの返答次第でまた部屋着に戻ろうとしているに違いなかった。電話をつないだまま、コートのボタンを留められずにいる彼の姿を思い描いた。やっと少年時代を抜けようとしている背中。オレはその彼に、身の程はわきまえている、とそう言わせたのだ。みぞおちが竦む思いがした。
『大丈夫』と返してやると、電話口の気配がはっきりと明るくなって、また聞こえた衣擦れの音と、『風邪ひかないでくださいよ』の声を残して電話が切れた。それはこちらの台詞だ。通話終了を示す画面に向かって苦く笑った。乾いた笑いだった。
神社への道すがら、しんしんと降る雪の中で考えた。
オレはあの子を、不当な身の程から解放してやるべきだろうか……

むきだしの両手をすり合わせて暖をとる。ポケットに入れておくのだからと甘く見て、手袋を置いてきたのは失敗だった。腕に巻いた時計を見ると、電話を切ってから一時間が経とうとしている。
「……遅いな」
まさか都心で遭難はしないだろうが、急ぐあまりこの雪の中を走って、力尽きていないとも限らない。妖怪だから大丈夫。その口癖を免罪符に、意外と無茶をするからオレは心臓がいくつあっても足りない。新年早々心配をかけてくれるなと釘を刺したところで、暖簾に腕押しだろう。
電話をしてみようか。迷いながら冷えた両手に息を吹きかけたそのとき、その白い息の向こうに、おぼろげな人影が見えた。紙吹雪のような雪の中に目を凝らす。次第にその輪郭が濃さをまして、目鼻立ちを見て取れる距離にきたとき、雪に濡れた唇が透明なビニール傘の奥からこう言った。
「明けましておめでとうございます。遅くなりました。思ったより視界が悪くて」
雪でも入ったのか目をこする。手を伸ばして前髪についた雪を払ってやりながら、安堵を噛み締めた。どこか普段より丸い印象を受けるのは、厚着で体のラインが膨れているからだろうか。
「おめでとう。とんだ新年だな」
「全くです」
互いに肩を竦めて笑い合いながら鳥居をくぐる。玉砂利の敷かれた参道も今はすっかり雪に覆われて、両側に並ぶ灯明がそのおもてを橙色に照らしていた。
「悪いねこんな夜中に」
「いえ、かえって落ち着きますから。根っこが妖怪だからかな、暗がりが好きなんですよ。溶けていくようで」
傘を傾け、溜まった雪を落としながら彼が微笑んだ。その肩が舞い散る雪の中でも分かるほど震えている。狐が雪に強いなんて嘘だ。例え本当に強いのだとしても、可哀想に、大雪の中を歩き続けてすっかり凍えてしまっている。第一目の前の彼は到底狐には見えなかった。雪の上を難なく歩ける肉球も、水濡れをはじくたっぷりとした毛皮もない。しくじった。無茶を言うなと厳然と突っぱねてやるべきだったのに、『大丈夫』だなんてオレは鬼か。
情けない。傘を持ち替えて咳払いをすると、オレを見上げた彼が「風邪ですか?」と聞いた。念を押したのに、と言いたげな顔だ。
「君のほうこそ」
肩に手をやる。と、彼は俄かに体に力を込めた。オレに震えを気取られまいとしたらしかった。その瞬間「こんなに震えて」の言葉は喉の奥に押し戻されて、代わりに例えようのない愛おしさが胸を締めつけた。愛おしさ。それこそが道すがらの自問に答えの出せない理由に違いなかった。

彼を隣に置くようになったのはいつからだろう。出会った頃にはまだ高校生だった。都内随一の進学校の制服を着て、社会人顔負けに挨拶をした。その抜きんでた美貌が目を引いたのは事実だ。しかしそれ以上ではなく、彼は彼で、和真の家庭教師を過不足なくこなしていた。
それがいつの間にかこうなっている。縁というのは不思議なものだ。勉強の長引いた夜には車で送り届けただとか、趣味を通じて意気投合し、連れ立って出かける機会が自然と増えていっただとか、思い当たる節は幾らかある。しかしどれが決定打とは言えなかった。ただ彼といるとき、当人の気取りのなさがそうさせるのか、ほどかれるような心地がした。長く会わずにいると口さみしさに似た感覚にとらわれた。あの心地の良さを味わいたかった。
しかし心のどこに彼を置けばいいのだろう。何しろこの胸には、一度しくじった結婚の諸々の置き土産や、もうずっと目隠し布のかけられた前妻の肖像なんかが所狭しと積まれている。ねずみ一匹分の場所を作るのさえあてもなく思われた。そうしてまだ散らかったまま、オレはこの関係に名前をつけることができずにいる。
それでも彼はオレを何ひとつ責めない。求めないと言い換えてもいい。そう、何ひとつ。オレの薬指に光る指輪のことも。大雪の中「寒い」と甘えて寄り添うことさえも。

「狐の手袋だ」
指差すと彼は不思議そうな顔をした。それから鈴の緒を握る自分の黒い手袋を眺め、ああ、と納得した様子でこれまた黒い革靴に視線を落とした。
「耳が黒ければ完璧でしたね。桑原さん、手袋は」
「忘れてきた」
「だめですよ気をつけないと。人間は脆いから」
呆れた目がオレを見た。儚げな顔ばせだ。指でつつけば崩れそうな細工をして、いったいどの口がこの強面に説教を。つい笑い飛ばしたくなるのをまた咳払いで誤魔化すと、待ってましたとばかりに聞き咎められた。
「ほらやっぱり風邪だ。……あれ、鳴らない」
鈴の緒を揺らしていた手が止まる。彼には原因が見えないのだろう、首を後ろへ倒して目いっぱい仰いでいる。物は試しとまた揺らしてみたりしながら。
オレには丁度目線の高さにある鈴だ。その隙間に指を差し入れ、中に溜まった雪をいくらかかき出してやると、ようやくか細く鈴が鳴った。
狐の手袋がまたその緒を揺らす。たゆたうような動きだ。もし雪が詰まっていなかったとしても、彼はきっとそうするだろうと考えた。ただの近所迷惑で済めばどんなにいいだろうとも。それならオレは存分に鈴を振らせてやるに違いない。そう、窓を開ける顔見知りの御近所組に、可愛らしい粗相を堂々と詫びてまわれたなら。
と、不意に鈴の音が止んだ。代わりに妙な音が耳に滑り込んできて、気になることこのうえない。ひとまず感傷を脇に置き、隣を見遣ると、小さな封筒を手にした彼が小銭を掴んでは賽銭箱に入れていた。玉とつく硬貨を全種類網羅する量だ。律儀にも一枚ごと投入されるそれが、箱や他の賽銭にぶつかっては甲高い音を立てている。
「半端な小銭を集めてきたんです。きりよく新年始めようかと……こんな日なら人目も少ないですし」
空になった封筒をポケットに押し込みながらこともなげに言ってのける。宮司が聞いたら卒倒しそうな台詞だ。彼には目の前の賽銭箱が端数処理機に見えているのか。そういえば、妖怪に神も仏もないと以前聞いたような覚えがある。
「そんなことして。願い事がかなわなくなるよ」
「願うものは自分で掴みます」
揺らぎない声が返った。首をこちらへ向けた彼が、その目に灯明の炎を映してオレを見つめている。
「そうしてきたんだ。いつだって」
指先が、コートに包まれたオレの腕を握った。手袋越しにも伝わる確かな力だった。オレを見据えた瞳が、雪の中で煌めいた。罰をも恐れぬ強い意思そのものが、彼の形を取って目の前に立っている。美しいと思った。彼が初めて見せたその意思に、触れたいと思った。しかし同時に気安くは触れがたいものがあって、その欲求と抑制は、甘く、強くオレの中で相反した。
縫い止められたように動けなくなった。視線を外すことさえできないまま、二人の間をさえぎって雪が舞った。彼がもの柔らかに微笑む。
「でも一応頼んでみようかな。お賽銭も奮発したし」
言って開いたままの傘を足元に置くと、静かに手を合わせた。祈る。神も仏もないと断じながら、ひたむきな姿をして。
胸が軋んだ。彼が本当に手を合わせて願いあげたいのは、縋りたいのは、他でもないこのオレだろうに。
彼のすっと揃ったまつげに雪ひらがのる。ただでさえ伏し目がちなそれを高い位置から見下ろすと、まつげの先が目元に影をつくるのまで見てとれて、吸い寄せられるように手が伸びた。指先で触れると雪ひらは瞬く間に形をなくして、濡れたまつげに縁取られた瞳が怪訝そうに開かれた。
「……?なにか」
片手で顎を包む。触れてみると見目以上に精妙なつくりだ。細い輪郭を五本の指で撫ぜるうちに、戸惑い顔でオレを見上げていた彼が、不意にその鼻先をてのひらに落としてきた。滅多に見せない甘えた仕草だった。生温いものが指の付け根を濡らした。狐の吐く息。てのひらから餌を貰うような格好で、彼はじっと俯いていた。
以前にもこんな顔を見た、と思う。確か去年の正月だ。オレは彼に年賀状を出さなかったし、彼からの年賀状が郵便受けに舞い込むこともなかった。
『どうも無精なたちで。三が日に間に合った試しがないんです』
そう笑い話に変えて俯いたあの顔。それが今寸分違わずにてのひらに在った。葉書に向かい、差出人を書こうとして筆を止める彼の姿を思った。そのときもこんな顔をしていただろうか。出せなかった年賀状の、通信欄には何が書き添えられていたのだろう。完成することのない葉書を彼の指が小さくちぎる。宛名の文字が到底見えなくなったその破片をかき集めて、くずかごへ落とす……。そのさまを想像したとき、途端に軋んでいた胸が強く膨れた。驚くほどの力で内側から湧いてきたそれは、ほんの一瞬迷いにたわんで、それから反動でなおのこと大きく爆ぜた。
「ちょっと……ちょっと、おいで」
「え?」
「いいからおいで」
腕を掴む。待ってください、傘が、と戸惑う声には聞こえないふりをした。人っこひとりいないこの大雪で傘泥棒もないだろう。よほど傘が気になるらしいのを強引に引いて、境内の横道へと連れ出した。予想以上に寂しい場所で、ぽつぽつと植えられた南天と心ばかりの灯明の他には何もないといっていい。「桑原さん、何を……」声音が身構えるのが分かった。この場所のもの寂しさからか、あるいは突然力に訴えられて不安を感じたのか、いくぶん背を丸めてその場に踏ん張ろうとする。もどかしかった。気を張っていないと舌打ちさえしてしまいそうだった。ふたまわりも年が違うのだからと、絹を撫ぜるように扱おうとする日頃の自分が遠くへ消えるのがはっきりと分かった。かわりに胸の内側の、滅多に外には出さない性急で自分本位な部分が顔を出して、滅茶苦茶に抱きすくめてしまえと声をはりあげた。その声に押されるまま自分の傘まで雪の上に放り投げて、今度は両手でつかみ引いた彼の体をまるごと胸の中にかき抱く。その瞬間彼が瞳を見開くのが見えた。余程驚いたのだろう、片腕がびくりと上がったかと思うと予想以上の力でオレの腹を突っぱねてくる。本当なら胸を押し戻すところだったのだろうが、ぴったりとついたふたつの胸の間には雪のひとひらも入り込む余地はない。何より今オレにそれを許せるほどの心のあそびもなかった。
「……桑原さん?」
まだ身構えた声が探るように名を呼ぶ。それには答えずに、コートごと彼の背と腰をきつく抱き込んだ。冬のボーナスで奮発したのだ、とつい最近嬉々として話していたコートだ。折角の上等な布地がよれてしまったら台無しだ、そう思う理性とは裏腹に指先はきりきりとその布地を握りしめていく。このまま厚い布地を突き破り、中にある彼に触れたい。これはオレのものだと寝静まる家々の静寂を破って叫びたい。彼の喉に刃を押しあてて脅してでも、このオレが欲しいと誰はばからずわがままを言わせてしまいたい。取り巻くすべてを置き去りにして、この子とふたり、時も場所も選ばずに笑い合えたら。
「……いち」
口髭にのった雪が滑りおちてくる。それを舌先で舐めとり、湿った息を吐き出しながらその名を呼んだ。
「秀一」
子供じみている。ただ抱きしめて名前を呼ぶしかすべがないなんて。いい歳をして、まるで駆け引きを知らない少年だ。それでも、戯れにこの身を通り過ぎていった女たちのように、唇を合わせ、欲に任せて貪ろうとは思えなかった。久しく閉じていたつぼみを見えない指にそっと剥かれたようだった。たったふたり。そのひとりを失い、今ではひとりだ。こんなふうに心の芯まで食い込んだのは。心の芯が、ふるえるのは。「はい」短くいらえる声。「なんだか……、くすぐったいですね」腕の中の体が身じろぐ。それから腹を押し戻していた手の力が軽くなったかと思うと、肩口に顎先が乗ってくる感触があった。ますます強く抱きしめる。固く厚みのある男の体をしていながら、その肩はやっとオレの胸に届くかというところで、気をつけていないと腕の中からすとんと落ちてしまいそうだった。ぐっと引き上げるようにして腰を抱くと、つま先が浮きかけたのだろう、また彼が踏ん張るのが分かった。背をのけ反らせたままその声が言う。
「覚えてたんですね。下の名前」
「当たり前だ」
こうして情をかわす相手の名を忘れるほど薄情でも、忘れられるほど器用でもない。そう言ってやろうと口を開けて、慌てて唇を引き結ぶ。半ば出掛けた第一声が揺れていた。頼むから今余計な問答をさせないで欲しい。胸の内に押しとどめてきたあれやこれやがあふれ出てきてしまう。
髪に手をやる。指をもぐらすと案外中は乾いたままで、濡れびたしの指の腹のほうが冷たいのか、地肌をくすぐるたびかすかに彼が引こうとする。その体を、今度はめいっぱい慎重に抱き直した。
意思を抱く。彼の形をした意思を。願うものは自分で掴むとうそぶく強さを。それは強くあろうとすればするほど彼を切り刻んだに違いなかった。その傷を撫ぜるように抱いた。今はっきりと、恋人だった。


****
いいところで未完!

2019 06

07

後日談

何で桑原君には話さなくていいことを話してしまうのか。
結婚式の夜、南野さんは布団の中でそう考えていました。
正直言って打算はあった。真正面から頼んでも激昂させるのは目に見えているから、同情を誘うエピソードをつけた。そうすればあの優しい桑原君は断れないと踏んで。
しかしいざ話し始めたら予定以上に本音を吐露してしまったのも事実……。
にらんだ通り引き受けてくれたので結果オーライなのだがあまりにも情感豊か(自分比)に語ってしまい顔から火が出る思いである。
思い返せばこれまでもそう。わざわざ言うほどでもないと思っていたはずが、桑原君相手だと口が滑ることが何度かあった。しかも大概恥ずかしい内容だから困る。

もし無事に帰ってきたら心機一転、黒鵺にさえ決して口を滑らすことのなかったかつてのオレに戻ろう……

と謎の決心をしながら眠りについた南野さんはまだ知らない。やがて訪れる平穏な日常で、蔵馬史上最高の失態「レゴランド震撼事件」を引き起こすことを。


そんな桑原君から電話があったのは数時間前。無事に結婚式も済み、最後の母子水入らずの時間を過ごしていたときのことであった。
と言っても明日引っ越してくる畑中父子を迎えるための掃除に忙しく、「式で疲れただろ。オレがやるから休んでなよ」といかんなく孝行息子ぶりを発揮して雑巾を絞っていたら突如鳴り出す玄関先の電話。
桑原君の声を聞くなり(やっぱり引き受けられないって話かな)と身構えた南野さんの耳に飛び込んできたのは意外な一言だった。
桑『この種、使ったらオレの記憶も消えたりしねえよな?』
蔵「……は?」
桑『いや、だから、蒔いたらなんかぶわーっとなって、家族だけじゃなくて、オレん中からも武術会のこととか、特訓帰りに牛丼食ったこととか、たまに勉強見てもらったこともお前がいたってことも、ぜん……』
蔵「ぶっ」
桑原君が言い終える前に、奇しくも噴き出しで補完してしまう南野さん。
蔵「そんなトラップ仕込んでないから安心して使ってください」
桑『だから使わせんなって言ってんだろーが!』
桑原君の真っ赤な顔が電話越しでも容易に想像できる。そのいじらしさにいたずら心をくすぐられ、電話台を拭きながら今度はわざと口を滑らす狐。
蔵「意外と発想がえぐいよね。武術会ではお茶持参してたし、四次元屋敷の自白剤も」
桑『武術会は誰でも警戒すんだろ!?』
蔵「そんなセコい大会じゃないから……」
桑『セコいって言うなコラァ!!』
桑原君の反応がおかしくて思わず手の動きがリズミカルになり、ぴかぴかになるほど電話台を磨き上げてしまう。いやあ桑原君のおかげで掃除が捗るわー。
桑『絶対見送り行くからよ。決まったら電話してこいよ』
蔵「……うん」
実はすでに日時も場所も決まっている。ひとりで旅立つつもりで、今日も桑原君にさえ話さずにいた。
しかしこの電話で南野さんはまたも口を滑らすのだ。「ここで不義理をして庭に蒔く約束を反故にされたらかなわない」から。
本当は、人間界を去る日、それが永遠になるかもしれない日に誰かひとり、最後まで自分の背中を見つめている者があるとすればそれは桑原君だ。そんな確信が胸の奥にずっとあるのに。


さてここで南野さんが旅立ってからの桑原君の一ヶ月を見てみましょう。

(1)暇があれば種を見つめる
机の引き出しに隠した夢幻花の種を取り出してはじっと見つめ、それを託した友を思う。
見送りに来たのは自分だけだった。魔族覚醒した幽助と違って、人間の体に収まるほどの妖気しか持たない蔵馬は特防隊の手助けなしに穴をくぐれる。
海藤やコエンマたちにも知らされてはいたのか、それともオレだけに教えたのかは分からない。ただ魔界の穴に消える間際に振り向いて手を振った、その姿が目に焼き付いている。
思い出すとたまらなくなって種を持つ手につい力が入るが、暴発をおそれまたそっと引き出しにイン。


(2)君死にたもうことなかれ
オレがぐだぐだ悩んだって仕方ねえぜ!今オレがなすべきことは受験勉強!あいつが帰ってくる頃には未来の東大生候補が誕生しちまってるかもな!
と気を取り直して教科書を開いた桑原君の目に飛び込んでくる一編の詩。

「君死にたもうことなかれ」

ウアアッ……!!

「獣の道に死ねよとは
死ぬるを人のほまれとは」
「母ぎみは なげきの中にいたましく」

アアアアア……!!!

授業中は聞き流していたフレーズがやけに心に突き刺さり、未来の東大生候補は息も絶え絶えに教科書を閉じるのであった。


(3)やっぱり種を見つめる
与謝野晶子による時代を越えた精神攻撃により、やはり暇があれば机の引き出しに手が伸びる桑原君。
何故なら気が付いてしまったのだ。もし蔵馬が戻らなければこれが彼の遺品となることに。
引き受けた頼み事の重さにばかり気を取られていたが、一日ずつ夏休みが進んでいく……つまり蔵馬生還の可能性が削られていくにつれのしかかってくるその事実。
家族の幸せのために記憶を消すのが本当にあいつの最期の望みなら、例えオレの考え方とは違ったって叶えてやりたい。だけどオレはこの小さな種を、蔵馬が確かに人間界で生きていた証を、手放せるだろうか……


(4)ワンモアタイムワンモアチャンス
夏休みも残り十日を切ると、桑原君はもう重症である。
蔵馬の形見を平然と蒔ける自信はない。むしろ手放したくないとガキみたいに泣いて駄々をこねる自信がある。というか種を手に呆然とあいつの家を仰ぎ見る自分の姿を想像して実は何度か泣いた。
「こんなもの引き受けなければ良かった」と「引き受けなければきっとこの種すらあいつは残していかなかった」と「馬鹿言ってんじゃねえ極悪非道の蔵馬さまだぜ絶対帰ってくらあ」とが入り乱れ落ち着かない日々……
街で背格好の似ている人物を見かけようものなら後をつけてまでガン見である。駅なら向かいのホームにいるんじゃないか。あるいは新聞の隅に。魔界に散った半妖の訃報が載るはずもないのに。
なまじ責任重大な頼まれごとをされただけに、もはや恋人かのような憔悴っぷりである。


そんななので、夏休みも残すところ四日となったある晩、窓の外に極悪非道の蔵馬さまの姿を見つけた桑原君の飛び上がりようったらなかった。
形だけ教科書を開いたまま、またしても種を見つめていたらこつんと何かが窓に当たる音。無視しているとさらにこつんと……

「うっせーな誰だオレさまのナイーブなハートをノックしやがんのは!!!」


ガラッ


極悪非道の蔵馬さま「!」
ナイーブなハートのオレさま「!」


驚きのあまり見つめ合ってしまう二人。
夜目にも眩しい真っ白なシャツを着た南野さんが、窓へ這わせていたツタを降ろして右手で小さな丸を作る。

『種』
『こっちに』
『投げて』

なんと夜十時の住宅街に配慮して、ジャスチャーでの会話を試みてくるではないか。
『お願いします』と両手を合わせるその動作を見終わるやいなや、金縛りになっていた両足を奮い起こして身をひるがえす桑原君。「何を騒いでるんだ?」と訝しげな家族の声も耳に入らず、弾丸のように階段を駆け下り玄関のドアを勢いよく開ける。
「……蔵馬っ」
真夏の月明かりの下に佇むその姿。もつれそうになる足で駆け寄って、まるで泡を掴むようにして両肩に手をやる。
生温い夜気にうっすらと汗ばんだ鼻筋、黒々とした双眸、傷ひとつない頬……出発前と寸分違わない人形じみて精巧なその顔を間近に見た途端に膝から力が抜けた。
ずるずると崩れ落ちていく桑原君の鼻先が南野さんの肩に乗る。
こぼれ落ちた涙はきっとすぐにシャツにしみ込んで、蔵馬の肌を濡らすだろう。ちくしょう、何だってこいつはこんな薄着の季節に帰ってきやがるんだ。
「心配かけたね。ごめん」
「謝ってんじゃねえよ」
「うん」
「ジェスチャー分かり辛えんだよ」
「うん」
「……だっせえキーホルダー」
「言い過ぎじゃないですか?」
思わぬダメ出しに南野さんが身じろぐと、リュックにつけられた狐の尻尾のキーホルダーも揺れる。
「とりあえず上がってけよ。あれ返すから」
我に返ったのかそそくさと体を離して玄関に向かう桑原君。男泣きしてしまった気恥ずかしさでとても振り向けないというのに、「お邪魔します。遅くにすみません」と家族に挨拶するその人間くささがまた涙腺を刺激してくるからたまらない。


「もう遅いかと思ったけど、明かりが見えたから。起きてるかなと思って」
「おうよ。毎日26時間勉強してっからな」
まさか種を見つめていたとは言えない。南野さんの視線が机に向けられるのを見て、形だけでも教科書を開いておいてよかったと胸を撫で下ろしながら種を手渡す。
「確かに」
南野さんの声音はいつも通りで、伏せられたまつ毛が震える気配もない。
むしろその手のひらに乗った種を見つめる桑原君の方が感慨深くすらある。夏の間見つめ続けるうちに禍々しい怪物のようにさえ感じていた種。これが蔵馬の形見かと覚悟しかけたその種が、今、生きた蔵馬の手の中に——
「……寿司食う!?」
「今から?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔の南野さんに説明しよう。蔵馬の無事確定+夢幻花の重責からの解放+一度は死別を覚悟した友を前にして普段のテンションを見失うという三要素が入り乱れた桑原君は、しかし帰還を盛大に祝ってやりたい一心で唐突に寿司を提案したのだ。
「近所の回転寿司ならまだ開いてっから!」と返事も聞かずに立ち上がった桑原君に手を引かれ、あれよという間に二人は回転寿司へ。


==20分後==


「早くおふくろさんの顔見てえんだろうけど、もうちっと付き合えよ」
「いや母さんが帰るのは三日後だから。連れ子だけで生活させるのも気が引けたらしくて、義弟は向こうの親戚に預けられてるし。この三日で家中掃除しないと」
湯呑みに茶を注ぎながら南野さんがため息をつく。まるひと月空けた自宅の埃を想像すると気が重いけど、とりあえず今は目の前に回っているつやつやの寿司で癒されよう。
幸いラストオーダーまでには余裕を持って入店できたし、まだ他の客も残っていて案外賑わっている。
それもこれも桑原君のカモシカのような脚力のおかげだけど。
「種を受け取りに来ただけだから」としきりに遠慮するも強引に自転車の荷台に乗せられ、ええっと思ったときにはもう和真号はトップギアで発進していたのだ。
「ちょっと、これ二人乗り……」
「月まで飛ばすぜしっかり掴まってろ!」
(だめだ聞いてない)
桑原君のあまりの剣幕に、後輪に片足立ちで曲芸ができてしまう身体能力の持ち主である南野さんも一応肩に掴まるほかなかった。
戻ってそうそう人間界の規律を破る羽目になるとは思わなかったが、車のテールランプ、すれ違うカップルの笑い声、どこかで鳴っている携帯電話……次々と流れていく人の営みを横目に夜の街を疾走する自転車はまるでE.Tのワンシーン。
本当に月まで飛び上がりそうで、気づけば南野さんも「もっと飛ばせ!」な気分になっていたのだった。

面白い友を持ったものだと改めて感慨を深めながらタッチパネルを眺める南野さんを前にして、何故かしきりににやついている桑原君。

だって便所から戻ったらキーホルダーが消えてんの面白すぎだろ。

そう、店に到着したときにはそのキーホルダーは確かにあった。自転車から降りて、ぐしゃぐしゃに乱れた互いの前髪を指差して笑い合ったとき、南野さんの背負ったリュックでぶらぶらと揺れていたのだ。
ところが、下半身をフル稼働しすぎてもよおしてしまった桑原君がトイレに行って戻ってみると忽然と消えている……。
先にテーブルについて待っていたその佇まいは相変わらず美麗だが、ダサいとダメ出しされたキーホルダーをいない間に外して隠していたのかと思うと。

しかし自分が面白いとは毛ほども思っていない南野さんは魔界情勢の報告とタッチパネルと皿の受け取りに忙しい。


「黄泉とは昔確執があって。それで今回……エビ美味そう」


\ご注文ありがとうございましたー/


「一応国賓なんだけど、軍事会議での視線が痛いったら。でも盲目の黄泉が映像を受信できるとは思わなかったな。魔界の発展をしみじみと……あ、オレの牛カルビ軍艦」


\間もなく到着します/


「半年以内に雷禅は死ぬ。ああいう連中は瀬戸際まで知らないふりをしてるんだ。いざというとき割を食うのはごめんだからね。黄泉も言わばオレを使って踏み絵をさせるつもりなのさ。もしオレがうまく立ち回って、黄泉をもしのぐ派閥になれば奴らは……イカやっときた」


\お取り忘れにご注意ください/


ひとりでマルチタスクな南野さんの様子に(家まで来るってことはいろいろ聞いて欲しかったんかな。変なとこ連れて来ちまったな)とちょっと後悔する桑原君だが、寿司がどうというより南野さんがハイペースで注文しているからこんな事態になっているのだ。
奢ると言われて遠慮していたのに、高額になったら折半しようと心に決めた途端にもう止まらない。数種類のネタを並べて代わる代わる頬張っている。


「美味い……」

海老を食べては感嘆し

「美味いなあ」

牛カルビを食べてはしみじみ噛み締め

「人間界って素晴らしい」

イカを食べては打ち震える


「腹減ってたんか」
「朝から何も食ってなくて」
「……メシ、出してもらえねえのかよ」
「いや食い物には困らなかったよ。むしろオレひとりの食事で何人の兵士がまかなえるか。そんなだから毎日が高級ステーキみたいなもんで、さすがに胸焼けしてて。朝食は辞退してきた」
「ってか魔界って何食ってんだ?」
「種族によるね。癌陀羅は黄泉の意向で肉食だけど、草食や、土しか食わないなんてのもいる」
「魔界にも豚とか牛とかいんのかよ」
「うん、人間界とはちょっとサイズが違うけど。しかも凶暴だけど」
「でも羨ましいぜ毎日ステーキ……」
「はは」


南野さんは嘘をついた。


魔界にも畜生らしきものはいる。
だけど癌陀羅に渡ってからというもの、彼の主食は人肉だった。
大人も子どもも食った。最高級品だろう名も知らない少女の乳房の肉も。
何故ならそこが癌陀羅で自分は国賓だからだ。
監視付きとはいえ衣食住全てにおいて最上の敬意が払われ、矮小な意図は微塵も感じられなかった。偶然にも人間に転生していたオレの反応に少しばかり興味はあったかも知れないが、黄泉は自国の食文化にのっとって考えうる限りのもてなしをしたに過ぎないし、もしオレが眉をひそめれば快く食材を変えもしただろう。
第一無駄な嫌がらせをするほどの阿呆なら後先考えずにもっと直接的な手段を取る。
そう例えば桑原和真の肉を切り刻んで出すとか。


「蔵馬?」
「ああ、ごめん自分の世界に入ってた。寿司が美味すぎて」
「ホタテ持ったまま入んなよ」


桑原君が笑う。

蔵馬という男に全幅の信頼を寄せるその顔につられて笑いながら、唇の裏で真実を押し殺す。

黄泉とのつばぜり合いはこれからだということも、オレが人肉を食っていたことも、君の命の保証はできないことも。


より狡猾になった黄泉。
昔通りに下手を打たないオレ。
その折衝で、さしあたり桑原和真は生かされている。

何もわざわざ口を滑らせて、今から不興を買うことはない。


遅かれ早かれ生きながら解体されていくそのとき、きっと君はオレを憎むだろうから。






2019 04

14

家族と友人とはきっちり線引きしていそうな南野さんも、年に数回は気まぐれを起こすことがあり、「いっぺんで済むのに越したことはない」という理由から畑秀と桑原君の合同勉強会が実現するかもしれない。
有能すぎるこの家庭教師は、学年の違う二人を同時に見ていてもオーバーヒートしないのだ。

そんなわけでよく晴れた日曜の午後に、南野さんの自室に缶詰にされる畑秀と桑原君。幽桑が遊びにきたときに廊下ですれ違うくらいで、まともに対面したことのない二人は互いに尻の座りが悪い。
桑(近くで見ると乳くせえガキ)
畑(このおっさん睨んできて怖いんだけど)
おっさんではなく花の高校生だし、睨んでもいないのだけれど、切れ長の目と細眉から醸し出されるいかんともしがたい威圧感。
兄さん友達選べよ……!とすら思っている畑秀をよそに、当の南野さんは中学の数学問題を指差し、いきなり無茶振りをかます。
蔵「君も基礎をはかる良い機会だから。秀に説明してみて」
桑「!!?え……えーこの式ではぁ、まずえっくすをぉ」
蔵「Yね」
桑「そんなら自分でやれゴルァー!」
畑(兄さんって……)
自分はお茶を飲みながら間違えてるとこはズバズバ指摘だよ。


そんな意外とスパルタ気質な家庭教師が休憩を宣言し、お茶を入れに席を外したとたんどっとだらける二人。
二人きりにされると話題がないが、凝り固まった首を天井に向けていた桑原君がふと畑秀をつつく。
桑「なあ。兄ちゃん家ではどんな感じ?」
畑「どんなって……」
桑「よく笑うとか、実は短気だとか」
畑「普通に笑うよ。オレがからかいすぎても怒んないし」
桑「そっか。あいつ、笑ってんのかあ」
畑「昨日なんかテレビ観て大笑いしてたけど。オレも父さんも、志保利さんも全然ぴんときてないのに、ひとりで背中がひきつるくらい笑ってんの。兄さんのツボが分かんないよ」
桑「あいつそういうとこあるよな。こないだ漫喫でも変な漫画持ってきては笑ってたし」
畑「漫喫?兄さんが!?」
桑「行きつけだぜオレら」
畑「兄さんが漫画読むなんて見たことない。オレが貸したら読むかな?」
桑「自分では買わねえだけで割と読むって。オメーはどんなの貸すんだよ」
畑「少年チャンプでやってる幽霊全書」
桑「あれ面白えよな!」
そして南野さんが戻ってくる頃には、どう広がったのかサッカーの話題で意気投合している。
(若い子同士は柔軟だなあ)
ドアを開けたら10分前とはまるで違う空気ができていたことに感心しながらお茶を配る南野さん。
どんどん趣味の話題で近づく桑原君と畑秀を南野さんは目を細めて見ているし、南野さんと畑秀が家族間でしか通じないような物言いでふと盛り上がるのを桑原君も微笑ましく見ている。
窓からさしこむ日差しもかすむほど温かな時間だ。



桑原君は畑中家の面々と、そこにいる南野さんを見るのが好きである。
何故なら新しい家族ができる以前は、南野さんが「自発的に」母の腕の傷に囚われて、家族の形を作ろうと必死になっているように見えたから。
人の配置や表情まできちんと作り込んだ箱庭のように。
母のためにその箱庭を完璧に保ち続けるのが、ただひとつの贖罪であるかのように。
そしてその贖罪を全うすることだけが生きる意味であるかのように。
桑原君には、南野さんが自分のために生きようとする意志やそれがもたらす充足感がまるで感じられなかった。

だから桑原君は考える。新しい家族ができて、負い目に囚われた胸の痛みを分け合えることが蔵馬にとっては救いだったんじゃないかと。

実際のところ南野さんは本来単独主義なので、義理の家族が何人増えようと、彼らがいかに信頼に値しようと、人間としての自分の核心にあたるエピソードを話そうとも思わない。むしろ新しい箱庭が外からもたらされたことで、そろそろお役御免かと彼らの前から消える算段すら頭をよぎる。
でもその「いつでも消えられる」保障ができたために箱庭作りが若干大味になったのも事実で、それが桑原君には「重荷を分け合えて軽くなった」と映るのだ。
結果的に「分け合えた」と言えなくもないものの、思考回路が致命的に違う。


そもそも桑原君が志保利さんの腕の傷を知るのはいつか。
都合上話さざるを得なかった幽助の場合と違って、南野さんが自分の意思で話さない限り桑原君には知る由もない。
仲間だから何でも話すというわけではないけれど、しかしやはり南野さんの脇を固める二強が知り得る情報は平等であって欲しいファン心。


桑原君が知り得るとしたら、アニメで参列していた結婚式ではないかと思う。
純白のウェディンググローブに包まれた二の腕。しかし長さの関係でチラ見えするので、意外と人をちゃんと見ている桑原君は傷に気が付いてしまう。
何やら大きな傷のようなので見てはいけないと思いつつも目が……。そしてその視線はついつい隣で惜しみのない拍手を送っている南野さんに移ってしまうのである。
ふと目が合った瞬間、甘やかな微笑をたたえていた顔からすっと表情が消えた。それから逡巡の色が走ったのを見て、(悪いことしちまったかもしんねえ……)と正直すぎるチラ見を後悔し始めた桑原君の心境を見透かしたようにまた微笑む。





「綺麗だろ。あのドレス、オレが選んだんだ」
中庭に続くアーチ状の回廊。立ち並ぶ白い円柱の間に設けられた花壇のふちに腰掛けて、南野さんが切り出す。
「どれがいいかしら?って聞くんだ。畑中さんに選んでもらいなよ、オレと結婚するんじゃないんだからって言っても、秀一が選んでくれって譲らない。ああ見えて、こうと決めたらてこでも動かないひとだから」
くだんの母は今そのドレスを脱いでいる最中だ。
盛大な祝福のうちに式は終わり、花嫁は二次会用のドレスに着替えるためにスタッフに連れられていった。
その間思い思いに過ごす招待客の賑わいを少し離れた回廊から眺めながら、花嫁の息子は語る。


「本当はレースが似合うと思った。手首から肘まで、母さんが好きな花模様のついたレースのドレス。でも言えなかった」


あの傷はオレがつけたんだから。


この日に備えて磨いておいた黒い革靴に視線を落として呟く。隣で柱にもたれて立つ桑原君の反応を伺うでもなく、独り言のように。
それから話は過去へとさかのぼって、椅子から転落する瞬間まで指先に触れていた空き缶が冷たかったこと、首筋に触れた母の腕が温かかったこと、その腕が直前の水仕事で濡れていたことを淡々と並べていく。


「あのときオレは迷うべきじゃなかった。草でも葉でも何でも出して破片を避けるべきだった。まっすぐオレに向かってくる母さんをツタで締め上げてでも止めるべきだった。それから彼女の記憶を消して、あの家から永遠に去るべきだったんだ」


長い指が花壇の花に触れた。
可憐に咲くその一輪も、彼の手にかかればあっという間に凶器にも防具にもなるのだろう。巨大化させた花びらをシーツのように広げれば、剣山のように散らばった破片を覆い隠すなんて朝飯前に違いない。実際、そんな場面を桑原君は戦いの中で何度も目にしている。


「どうして何でもできると思ってたんだろう。慣れない人間の、それも子どもの体で。あのとき母さんを傷つけたのは破片じゃない。オレの傲慢さが彼女を切り刻んだんだ」


だって知らなかった。女性が腕にあんな傷を負うのが、どれほどつらいことかなんて。


「話はこれきり。オチもないし拍子抜けしたろ」


花から指を離した南野さんが、初めて桑原君を仰ぐ。


(知らなかったからじゃねえだろ。お前、怖かったんだ。おふくろさんの前で人間じゃなくなっちまうのが怖かったんだろ……)


拍子抜けどころか拳を握りしめてしまう桑原君。
と思いきややおら南野さんの隣に腰を下ろす……というより尻で南野さんを押しのける勢いで狭い花壇にぐいぐい割り込む。
「さっきからべきべき言ってっけどオレもいっちょ言わせてもらうぜ」
「どうぞ」
「お前は振り向くべきじゃねえ。お前が大怪我してたらおふくろさんがどんだけ自分を責めたか考えるべきだ。お前がいなくなったらどんだけ悲しむか考えるべきだ。息子が選んだドレスで晴れ舞台に立つのがどんだけ誇らしいか考えるべきだぜ」
「……」
「……なんつって」
「真面目に聞いてたのに何ですかそのシメ」
渾身の諭しを展開するも、黒々と吸い込まれそうな南野さんの瞳に見つめられてつい詰めが甘くなる桑原君。

かたや南野さんは熱い説教に困惑している。
そもそも普段の彼ならたとえ桑原君でも話すつもりはなかった。話したところでメリットがあるでもなし、それもこんな哀れを誘う調子で打ち明けて、無様の極みだ。

でも今こんな気まぐれを起こしたのは、最後の懺悔をしたくなったからかもしれない。
思えば幽助のときは人間としての秀一が死ぬはずの日だった。そして母の結婚式を迎えた今日も、期間限定とは名ばかりの魔界行きを控えている。
人間の秀一も妖怪の蔵馬も遠い魔界で死に果てる、その近い未来を、黒々とした瞳で見据えている日。
きっと桑原君と生きて言葉を交わすのもこれが最後だろう。
それならこんなめでたい日に、しかも柄でもない懺悔を始める馬鹿になってみたっていいか。

それは湿った悔恨というより乾いた悟りだったのだと思う。
もはやすっきりすらしてしまっている南野さんとは対照的に、話を聞いた桑原君は滂沱の心境である。

(すげえ坦々と語ってっけど、オレ今、こいつの性格からして誰にも知られたくねえ本音を打ち明けられたんだよな?)

激レア体験に思わず神妙になっている桑原君を横目に、あ~……と呻いて体を折り曲げる南野さん。
「頼みづらくなったなあ」
再び顔を上げたとき、その手の中にはぽつんと小さな種が一粒。
不思議そうに見つめる桑原君に、すっとその種が差し出される。
「夢幻花の種さ。オレが死んでもしばらくもつように妖気を込めてある。もしオレが戻らなかったら、この種を実家の庭に蒔いて欲しい。春には花粉が皆の記憶からオレを消してくれる」
「てめ……!」
「オレがいなくなったらどんなに悲しむか。君もさっき見たろ?笑顔が似合うひとなんだ、彼女」
反射的にあがった桑原君の拳が空中で止まる。ほんの数センチ先にはかすかな風に揺らぐ南野さんの前髪。


(お前を育てた記憶まで失くしちまうのが幸せだなんて、そんなのお前が決める権利あんのかよ。何でそうひとりで全部決めちまうんだよ!)


濁流のように喉まで押し上がった言葉をどうにか飲み込んで、わななく拳を降ろした。
正論で善悪をジャッジするにはあまりにも重い。二度と戻らない息子の姿を覚えていたら、きっとあの母親が心から笑える日はもうこない。それもまた事実なのだから。


「約束するよ。もし戻れたら必ず君のところにこの種を取りに行く。——そして帰るんだ、あの家に」


だから頼むと頭を下げられてはもう無碍にできない桑原君。こんな頼み事のできる相手が他にいないのだろうことも分かっているだけに。
そういうことなら……とか何とかぶつぶつ言いながら差し出した手のひらに、ぽんとのせられる焦げ茶色の種。
人の記憶を消すだなんてとても信じられないその種をハンカチに包んで胸ポケットにしまうと、ちくりと痛むような心地がする。棘もないのに、心臓の、奥深くまで。
「……絶対使わせんじゃねーぞこんなもん」
「はは。努力はする」
「かーっ!その言い草!だいたいお前はよう……」
「聞いてくれてありがとう」
「うっ」

言葉に詰まった桑原君が実力行使とばかりに横から南野さんにのしかかる。重いよ、と笑いながら押し返してくる肩の温かさに泣き出しそうになるのをぐっとこらえて。

「じゃあ行くよ」

遠くで呼ぶ義弟の声に南野さんが腰を上げる。


青空の下、高らかに教会の鐘が鳴った。



2019 03

30

貧乏メシ


(これは先日言ってたどうしても出したいパパ蔵ではないほうです!笑)

***
本日のカズハのお楽しみは「カップ蕎麦の天ぷらで即席天丼を作ってやったら尊敬の顔で見てくる南野さんをどうしていいのか分からないパパ」です。

「カップ麺なら売るほどあります。でも今麺って気分じゃなくて。かといって野菜もないし。米はあるんですけどね。母さんが送ってくれたインスタントごはん」

そうぼやきながら台所の収納棚を開け、山積みのカップ麺を前にして休日の昼食に悩んでいた南野さんに振舞ってやったら予想以上に食いついた。

横からカップ麺をひとつ手に取ったかと思うとぺりぺりーと緑色の蓋を剥がし始めたパパを見て、オレの話聞いてましたかとばかりに南野さんの制止が入る。

「あの、麺はちょっと。昨日ラーメン食ったばかりで」
「大丈夫だよ五分もかからないから」

何が大丈夫なのか噛み合わない生返事で天ぷらを小鍋に放り込むパパ。
日頃南野さんの主張を寛大に聞いているかに見えるパパだが、実は大抵流している。

「それより米を温めてくれ。オレは蕎麦を食うから一人分でいいよ」

突然飛んできた指示にとりあえず従ってパックごはんをレンジにかけつつ、不審げに小鍋を覗き込む南野さん。とたんに砂糖と醤油の甘辛いにおいが鼻をついて、思わず喉が鳴る。

「卵で閉じるかい」
「え?っと……とりあえずプレーンで」

何を作ってるのかも分からないのにそんなオプション振られても。


そんなこんなで出来上がる即席天丼。
南野さんがパックのまま渡したごはんもちゃんと茶碗に盛り直すパパの心遣いによりいっぱしのかき揚げ丼に見えるそれを前にして、「天才か……!」みたいな顔をする南野さんにパパもう苦笑い。

「いや魔法でも見たような顔してるけどただの貧乏メシだから。褒められると逆に恥ずかしい」
「でもオレじゃ絶対思いつきませんでした。そうか、天ぷらだもんな。天丼になるよな……ところで貧乏メシって?」
「若い頃よく作ってたんだ。アパート暮らしで贅沢できなくてね」
「へええ」

感心されると本当に恥ずかしいからよしてくれ南野君。


休日の昼に即席天丼と残りの蕎麦をそれぞれかきこむ光景はわびしいの一言だが当人たちはそれなりに幸せである。
美味い美味いと箸が進んじゃってる若い恋人を目の前にしてパパちょっと複雑だけど。

食のハードルが低い……というよりさては自炊しなくて済むならなんでもいける口だな?

かたや貧乏メシを味わいつつ(今度は卵とじで作ってもらおう)と他力本願でいた南野さんも、蕎麦をすするパパを見てふと罪悪感が。
本来蕎麦がメインだとはいえ残り物を人に食わせて自分は天丼って、これって……

「鬼嫁みたいじゃないですか?オレ」

うつむいたままのパパが視線だけを上げる。湯気でくもるからとサングラスを外していた切れ長の目に直に見つめられるとこんな言い訳を付けずにはいられない。

「ただの例えですけど」

南野さん、パパ今熱い蕎麦すすっててすぐにはお返事できないだけです。
ちょっと飛んだつゆにヒゲを濡らし、蕎麦を噛み切る歯の白さが眩しい。

「鬼嫁ってのはこんなもんじゃ済まないよ」
「真に迫ってますね」
「オレは幸い鬼嫁に当たったことはないけどね」

パパその発言あかーーーん!!

(そうですか。優しい奥さんでしたか。へえー……)

パパのストレートパンチに内心南野さんのテンションは急下降。
また伏せられたパパの瞼を見つめながら、このひと、案外綺麗なつくりをしてるんだよなあ……などと現実逃避に入りかけているとふとパパが相好を崩す。
「知り合いに鬼嫁を貰った奴がいるんだ。そいつから聞いた話なんだが」
「ふんふん」
意外にも薄くて綺麗な三日月型の唇が珍しくニヤニヤと思い出し笑いをするので、ついつい耳を傾けてしまう怒りの持続しない南野さん。


(どうせ取り憑かれるんなら鬼より狐でお願いしたいなあ)

と思っているパパの本心など知る由もなく。

2019 03

24

拍手お礼

「教室に忘れ物を取りに戻ったんです。そうしたら海藤と南野がこっくりさんを呼んでいました。僕怖くなって……」
(2年C組・A君の証言)

五十音の書かれた紙を挟んでにらみ合っていたかと思えば、時折言葉を交わして不敵に笑い合う秀才二人組。血に濡れたような夕暮れの中でのお遊びは、遠目からはこっくりさんにしか見えないのです。

そんな南野さんが数年後、友人を喜ばせようと猫の動画を撮るようになるとは誰が予想できたでしょうか。猫の品種が思い出せないばかりに結果的に出し惜しみになっていようとも、そこには純粋な友情が存在しているのです。

ちなみにあの後二人は駅ビル内のペットショップに立ち寄っていました。何か目新しい猫用グッズはないかと物色する桑原くんの横で、
「あ。これあの猫と同じ」
とあるゲージに目をつける南野さん。
半分人間とはいえ何か動物的なオーラが出ているのか、彼が近寄ると猫たちがことごとく逆毛を立てるのですが、今ショーケースのすみでめいっぱい威嚇している耳折れの猫も例外ではありませんでした。もともと耳折れなのか恐怖でへたっているのか区別がつかない。
しかし今南野さんの興味は猫本体にはないのです。ケースに貼られている品種名をじっと見ていたその首が、隣の桑原くんを仰ぎ見る。
「違うじゃないですか?」
指差す先には「スコティッシュフォールド」の文字。
「オレなんて言いましたっけ」
「マンカチン」
「そうそう。マンカチン」
ずらりと並んだゲージを見回し、「マ」の頭文字がついた猫を膝を折って覗き込んだ南野さんがまたしても。
「……これも違うじゃないですか!?」
指差す先には「マンチカン」の文字。しゃがみ込んでショーケースに額を付ける勢いで恥じ入っている南野さんの恨みがましい視線が桑原くんに刺さる。
「何で突っ込んでくれないんですか……」
「そんな重要ポイントだと思わなかったんだよ」
南野さんが勝手に間違えただけなのに話を合わせる桑原君。
(マンチカンの野良猫なんてそうそういねーだろ。絶対見間違えてる)とも思ってるけどあえて突っ込まない、それが桑原くんの優しさなのです。
近くで会話を聞いていた店員のお姉さんが笑いをこらえてるけど。場違いな強面ヤンキーとやたらな美形が「マンカチン」などと言い出したと思ったら、なにやら和む会話を繰り広げ始めたもんだからお姉さんもう耐えられない。

そしてそんなほのぼのコンビと合流した幽助さんもほろ酔いで気が緩んだのかうっかり口走る。
幽「あたしもゾンビになる!ってストーカーかよ。やべえ女」
蔵(嬉しそう)
桑(のろけかコラ)
死んだと思ったら普通に登校してくるクラスのゾンビ。
仮死状態で使役される者というゾンビの特性を考えると、幽助が霊界探偵にされたことにとてつもない悲しさを感じる。魔界編で本当に死ぬことで、道具として壊れることで、やっと解放されたんだな。彼はそれまで一度も生き返ってなんていなかった。

***
拍手ありがとうございます!
なかなか創作ができません~。どうしても出したいパパ蔵もあるのでどうしたものやら。


■最近切った切り絵
幽白切り絵再開してみました。





これだと上半身しか見えないけど全身切ってます。




こっちも全身。







切り絵始めた二年前との切り比べ。







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2019 02

13

防災訓練の思い出

当日にピンポイントで天候が荒れて中止になればいいのにと心から願うほど学校行事が嫌いな南野秀一君も、防災訓練だけは好き。
もちろん始めは他の生徒同様にジャージ姿でちんたらやっていた。だってオレ半妖ですし。耐火性の植物もお手の物ですし。いざとなったら数十メートルの高さからでも余裕で飛び降りますし。すごいなオレ改めて化け物。

しかしそんな彼も、人生初の防災訓練(対地震)で机の下に潜ったそのとき開眼してしまうのです。

(あれ……この感じ懐かしい。何か落ち着く。これって)

穴ぐら?

うっすらとよみがえる野生のきつね時代の記憶(約千年前)
頼りないパイプ製の机なだけに背後左右はがら空き。
でも両足を抱えて丸まってみると不思議と落ち着く。ふざけてきゃあきゃあと笑い合うクラスメイトたちには目もくれず穴ぐらにこもる秀一。

帰宅後、何故だろう今まで気にも留めていなかった学習机下の薄暗い空間がとても気になる。
思わぬ方向からの野生の目覚めに戸惑いつつも潜ってみたそこは、元きつねにはたまらない場所であった。
無防備すぎる学校の机とは違って左右は木の板、背中は壁、そして適度な薄暗さと三拍子揃った完璧な穴ぐら仕様。何をしてるんだオレはと思いながらも膝を抱え込まずにはいられない。

(母さんに見られたら絶対心配される。暗い机の下でひとりぼっちで膝抱えて……まずい急に人生について考え始めるところだった出ようほんと)

そして高校の防災訓練でもまだ机の下が好きな秀一君。
パイプを無視して手足を投げ出すクラスメイトたちをよそに、きっちりちんまり60センチ四方にうずくまり膝に顔を埋めるその姿は瓶詰めのホムンクルス標本さながら。
当然一部女子の間で防災訓練の南野君がおかしいと話題になる。
「え~うそ~」
「ほんとだって!すっごい収まってるから!!」


さらに数年後、幽桑と飲んでいて互いの学生時代の話になり、机の下がどんなに落ち着くかをほろ酔いで熱弁したばかりか真顔で桑原君にこう問いかけるきつね。
「桑原君……はどうやって机の下に収まってたんですか?」
どこも隠れないじゃないですか?と桑原君のガタイをしげしげ眺めながら。唐突に防災訓練の思い出について聞かれた二人の反応はというと
幽(何のアンケート)
桑(思い出にカウントされんのかあの行事)
酔った南野さんに理屈を求めてはいけない。そもそも防災訓練以外で特に語る思い出もない男なのだ。他にないのかと無理やり聞き出してみれば、好きな女の記憶を消したとかいう重い話で聞いた側がダメージを受ける。
蔵「そういえば海藤と放課後タブーゲームしてました。夕暮れの教室で」
幽「青春っぽい!」
桑「それ早く出せよな!」
蔵(魂抜けかけたけど青春?)


さて「校内で煙草吸ってる奴が防災訓練なんか出るかよ」と返した幽助も実は一度だけ参加したことがある。
生き返った直後、葬儀での竹中の姿に思うところあり、いつになく出席率が上がっていた頃のことだ。
かったりいなと思いつつも一応机の下に潜り、校庭へ向かう列にも大人しく加わったりしていたけれど、その行進の途中で彼は気付く。
両隣。前後。自分を囲む四方だけ、耐火剤でもまかれたような不可侵の空間があることに。幅にして1メートルもないその距離を、誰もが保とうとしていることに。
一度の引火で全員燃え尽きそうなほど寄り添って歩いている彼らの中心で、幽助だけが自立している。いつものことと言えばそれまでだ。けれど防災訓練というおあつらえ向きの状況はいつにも増して彼に自覚させた。
(いつ起こるか分かんねえ火事よりクラスのゾンビ、ってことかよ)
確かにこのゾンビはまだ「生きていた」頃からよく噛み付く。だけど見境がないわけじゃないし、現にこのクラスの誰にも一度だって牙を剥いたことはない。それは鼻つまみ者なりのささやかな矜持だった。
でもそんなこと、こいつらにはどうだっていいのだ。災いは何をもってしても災いでしかないんだから。
(まあそりゃそうだよな)
列から外れようと脇に寄るとたちまち道ができる。
(何つったっけこれ。昔海割ったじいさんいたよな。よく知らねえけど)
煙草の箱を押し込んだポケットをさぐりながら小さく笑って、折角道を空けてもらったんだからと悠々姿をくらまそうとしたそのとき、列の先頭から人波を割って駆けてきた少女が仁王立ちで叫んだ。
「幽助、さぼんないの!人数合わないとあたしが大変なんだから」


帰り道、夕暮れに染まる川沿いの土手を歩きながら、少女は尚もお小言に余念がない。
「訓練くらい真面目にやってよね。そんなだからあたしが火に飛び込む羽目になるのよ」
「あれは不可抗力だろ。寝てたしオレ」
「熱かったんだから!」
すっごく熱かったんだから、と繰り返して手にした学生鞄を揺らす少女。散々に潰された幽助のそれと同じ物だとは思えない、優等生の端正な鞄だ。怖かったとは決して言わない彼女の鞄を後ろから眺めて幽助も軽口をきく。
「オレには訓練より講師の方が向いてんぜ。ゾンビライフの楽しみ方講座」
「何よそれ」
呆れた声を上げる少女の後ろ髪を見た。たっぷりとした栗色の髪が、夕陽に照らされて赤く燃えている。まるで火の粉でも被ったみたいに。
「螢子」
セーラー服に包まれたその背中は、噛み付いたら一口で抉り取れそうなほど細い。
「怒れねーんだオレ。ゾンビだから。なあ、ゾンビってのはさ、生き返るときに何か大事なもん落っことしてきちまうのかな」
戯れに小石を蹴っていた少女が歩みを止めて振り向く。つられて足を止めてしまってから、心の中で舌打ちをした。
(何だよ。さっきは流したくせに、何で、いちばん、振り向いて欲しくないところで)
少女はじっと見ている。燃える髪で。燃える目で。
「そんなの、あたしが代わりに怒ってあげる」
降りかかる火の粉をものともしない声で言う。
「それに幽助がゾンビになるならあたしもなる」
遠くでうなる工場の機械音と放課後の学校で部活に打ち込む生徒たちの声。全てを溶かしながら暮れていく夕焼けの中で、幽助の学ランの肩にも赤い夕陽が落ちた。
「委員長がゾンビじゃうちのクラス全滅だな」
「ゾンビになったってあんたよりましよ」
「雪村ゾンビ英語喋りそう」
「何よ馬鹿にして!」
歩を速める。むくれてそっぽを向いた少女を追い越す間際に、とん、と夕陽色の肩を合わせた。
「お前はゾンビになんかさせねーよ」


2019 01

13

桑原くんの蔵馬観察記

蔵馬は特別だという意識がずっとある。
例えば冗談でも猥談を振りにくいし、意味もない背後からのタックルや、まして浣腸などもってのほかだ。
今となってはさすがにもうそんな子供じみたコミュニケーションを取ろうとも思わなくなったけれど、出会った当時はオレもまだ中学生だったから、男同士の付き合いとはそういうものだと思っていた。
浦飯や桐島たちにならできることが蔵馬にだけできない。何も白けた目をされたなんてわけでもないのに、あの賢者じみた佇まいに気後れして、ふざけて頭を小突こうとした手を引っ込めてしまう。
差別をしているような気になって実は随分悩んだ。血迷って浦飯に相談したら「オレもそうだ」としみじみ言うので安心したりもした。
それから五年。
付き合いが深まるにつれて、奴は意外にも庶民性を発揮してきた。むしろ庶民の鑑と言ってもいい。
特売のツナ缶をまるで命綱のようにストックしているし、部屋に遊びに行けばベッドの下から埃まみれの靴下が出てきたりする。蔵馬が茶を用意している隙に、浦飯とエロ本捜索をしたときの獲物だ。もちろん浦飯もオレも、よれよれの靴下をつまみあげてしかめっ面をした。
その蔵馬は今、猫の種類を思い出すのに苦心している。
会うなり「さっき道端で見かけた子猫が」と興奮気味に話し出したので、何かと思えば木の葉にじゃれついてダンスする様子があまりにも愛らしかったらしい。猫好きのオレが喜ぶと思って動画まで撮ったという。
ところが「今見せる」と携帯電話を取り出した蔵馬は、そこで止まってしまったのだ。
「ほら、あの耳の折れた猫——ええと何だっけ」
猫マニアのオレは当然答えを知っている。しかしここで得意顔で披露すると気まずい空気になるのも、経験上知っている。
蔵馬はあくまで自分の引き出しから探り出したがるからだ。思い出せた瞬間の爽快感が病みつきだと言って、ことあるごとにそんなAHA体験をしているのだからこいつは頭が良くて当たり前だと思う。
オレとしては早く動画の再生ボタンを押して欲しいのだけれど、蔵馬は段階を踏んで話すタイプだ。せいぜい「頭文字はス」なんてヒントを用意しながら見守るしかない。まさか長期戦か。
とそのとき、考え込んでいた蔵馬が「そうだ」と明るい声で口角を上げた。


「マンカチン」


違う。
しかもこれはこれで絶妙に惜しい。
これが浦飯ならオレは、馬鹿だと指をさしてまでこけにしまくるだろう。しかしできない。庶民的だろうと案外とぼけていようと、蔵馬は蔵馬なのだ。
いまだにオレの中で衰えていない特別感を噛み締めながら迷う。
そいつは足が短い猫だと突っ込むべきか否か、それが問題だ。



2018 12

01

黒毛和牛感謝祭

波乱の武術会を乗り越えようやく訪れた平穏な休日、皿屋敷駅前に私服姿の不良が二人立っている。駅横のCDショップのポスターを遠目に眺める桑原君と、パチンコ店から聞こえてくる喧騒にうずうずしている幽助と、互いに違う方向を見ながら、しかし共通して手持無沙汰に棒立ちのリーゼント二人組。
整髪料で固められたその髪をたんぽぽ色の春の陽射しが照らす。陽射しは駅の時計を見上げる幽助の頬に生々しく残る切り傷をも照らし出して、温まると痒いのか、傷に手をやりながらまだあどけなさを残した王者が呟く。
幽「誘ったはいいけどあいつ来んのかな」
桑「来んだろ。何てったって黒毛和牛だぜ」
幽「蔵馬はオメーと違ってそんな食い意地張ってねーよ」
桑「いーや来る。あいつ武術会のホテルで実は相当食ってっからな。決勝前日なんかローストビーフ三回行ったぜ」
幽「オメーは何でそんなもん数えてんだ」
桑「いやちっと面食らったっつーか……霞が主食だと思ってたからよ」
幽「仙人的な」
桑「肉なんか食って出すとこ想像できねえよな」
幽「出すとこは余計だろ」
正午を指す針を見つめたまま幽助が笑う。自宅マンションではもう白飯が炊き上がっている頃合いだ。
黒毛和牛の霜降りを御馳走してやる、と二人に持ちかけたのは幽助だ。折よく馴染みの組から温子宛に届いた極上の肉は武術会の凱旋祝いにうってつけで、母子揃って動けなくなるほど堪能した。それでも余った数箱を腹をさすって眺めていて、ふと思いついたのだ。そういや四聖獣の時の礼がまだだった、と。
後から蔵馬に聞いた話では、眠ったままベッドを占領し続けていたまる三日間、本来の部屋の主である桑原は床で眠る羽目になっていたらしい。その詫びも兼ねての黒毛和牛というわけだ。勿論毎日様子を見に来ていたらしい蔵馬にも電話した。
ちらと隣に立つ桑原を見やる。自分のために一度は紙屑のように殺された男が、もう数十分もすれば共に卓を囲んで黒毛和牛を頬張っているだなんて、出来の悪い笑い話だ。しかも実際には死んですらいないのだから、オチもつかない。
桑「何だよ」
幽「別にィ」
視線に気付いて唇を尖らせた桑原君からふいと顔を逸らす。戸愚呂の杭のような指が彼の胸を貫いた瞬間がフラッシュバックしそうになって、ぎゅっと唇を噛んだ。
(蔵馬はまだかよ。……)
八つ当たりを込めて改札口を睨んでしまってから、そりゃねえかとかぶりを振る。
『発車時刻の都合で、正午を少し過ぎそうです』
昨夜そう電話があったから、蔵馬がまだなのは分かっている。それも聞いてみればほんの五分の遅れで、その律義さに幽助の方が面食らったくらいだ。
それにしてもあの蔵馬と焼き肉なんて、桑原に輪を掛けて現実味がない。勿論武術会のホテルでは食事を共にしていたけれど、人のローストビーフはおろか自分が何を食べていたのかすら曖昧だ。当然桑原も同様だと思っていたのに、肝が据わっているのか、それとも。
(鈍い奴)
心の中でめいっぱい悪態をつきながら、ようやくホームに滑り込んできた車輪の音とアナウンスを聞く。間延びしたアナウンスが終わるより先に、階段を上ってくる丸い頭頂部が見えた。
仁王立ちの不良ズに自然な動作で会釈をして、手にしたビニール袋を差し出す。
「本日はお招きに預かりまして。これ、良かったら」
「何かしこまってんだよ」
「んな気ぃ遣うこたねえって。こいつの自腹じゃねえんだから」
「うるせえテメーは手ぶらで来んな」
相変わらずの応酬を目を細めて眺める、南野さんの頬にも柔らかな日差しが降り注ぐ午後。
家まではオレが持つよ、と手にしたままの袋にはパック入りのサラダや軽めの惣菜、さらにはスナック菓子やサイダーまでもが詰め込まれている。
『友達の家で御馳走になるんだけど手土産は何がいいかな』
そう志保利さんに相談した結果のチョイスだ。中学生ならあんまり仰々しくない方が喜ばれるんじゃないかしら、とのアドバイスを受けて、思春期男子の好みそうなものをひたすらカゴに放り込んだのだ。
ちなみに酒類が一番喜ぶだろうことは容易に想像がついたものの、南野さんも未成年の身なので、補導されるという洒落にならない事態を考慮して却下した。何しろこの南野の面差しだ。成人だと偽ったところで通用すまい。
そんなこんなで面子の揃った浦飯チーム、黒毛和牛目指していざ出陣。

***

「やっと着いたぜ……」
鍵を開けながら幽助。
「アメリカより遠いぜ……」
靴を脱ぎながら桑原君。
「お邪魔します」
脱いだ靴を端に揃えながら南野さん。
三者三様で浦飯家に上がり込み、勧められるままにテーブルを囲んで腰を降ろす。尚本日のシェフである幽助さんは台所に直行。グリルプレートを出してグラスを並べてと甲斐甲斐しく働くシェフを横目にどっかり寛ぐ桑原君と物珍し気にリビングを見回す南野さんコンビ。
(テレビが床に直置きだ)としげしげ見つめる端正な横顔を前にして、桑原君の胸に甦る先程までのいたたまれなさ。そう、三人で街を歩いていた時の……
その時も南野さんは珍し気に街並みを眺めていた。あからさまにきょろきょろはしないものの、あっちの看板、こっちの店構え、何故か路地裏の入り口に釘付けと興味が四方八方に向いている。幽桑には地元なだけに、何がそんなに面白いのか理解不能。
幽「別に見るもんもねえだろ。こんな街じゃ」
蔵「いや面白いよ。こっちにはあまり来ないから。暗黒鏡の一件で君を偵察に来て以来かな」
幽「偵察って」
蔵「夜はカーテン閉めた方がいいですよ。人の動きが丸見えだから」
幽「どこから見てたんだよ」
蔵「向かいの屋上から。柵にも登ってみたんだけど、逆に見えないんですよねあれ。よっこいしょっと降りました」
幽「何でまた柵に」
蔵「久々にきな臭い事件で盛り上がっちゃって。幽助に気付かれた時のために、少し妖怪らしいことしておこうと」
幽「今の今まで知らなかったぜ」
そんな会話をする二人の横で桑原君の心の声はただ一つ。
(こいつ目立つ……!)
幽助も思っている。
(こいつすげえ目立つ……!!)
そう、蔵馬イズビューティフル。人間性を把握した上でモテるかといったらモテないが、容姿上人目を引くのは当然の理である。
『あの人綺麗』『男?女?』『連れがやばい』『恐喝?』などなど、すれ違う人々の雄弁すぎる眼差しが渾然一体となって不良ズに突き刺さる。その攻撃力の高さといったら、武術会で戸愚呂兄弟に殴られる方がましなほど。
そもそも街を歩けば人に避けられる不良ズにベクトルの違う人目吸引機が加わってしまったのだ。鈍いのか達観しているのか視線と囁き声をものともしない美丈夫とは対照的に、武術会という非日常を離れ平穏な街中で直面した現実に容赦なくハートを抉られる不良ズ。
そんな拷問に耐えて辿り着いた浦飯邸の何と尊いことか。帰りの拷問を思うと身震いが走るが、ひとまず今は忘れよう。
さてその人目吸引機はというと、あぐらをかいたまましきりに腹をさすっている。
桑「腹でも痛えのかよ」
蔵「いや……鳴りそうで」
桑「朝飯食ってこなかったんか」
蔵「だって黒毛和牛ですよ。家では食ったことないから」
桑「ウチは親父が奮発して一回だけ食ったぜ。まあ普段は縁がねえよな」
蔵「人に御馳走するほど黒毛和牛が溢れる家ってどんなだろうって」
桑「だからって朝飯抜くか?」
どっと起こる笑い声に、肉を運んできた幽助が「何だぁ?」と目を丸くする。
桑「いや蔵馬が……今日は食うってよ」
幽「おー。遠慮しねーでがんがん食えや。オレの自腹じゃねえし」
蔵「自分で言った」
などと談笑しているうちに漂ってくる香ばしい肉の臭い。思わず卓上のグリルを凝視しながら「霜がすごい」と囁き合う桑蔵コンビを前に、一度腹が破れるほど食った幽助さんは余裕である。冷蔵庫から出してきたビールをあおりつつ、菜箸を持ち肉を裏返すそのセレブのような貫禄。
そこからはもう狂宴であった。何しろ食べ盛りの中学生男子と、ローストビーフを三回いく美貌の肉食とが顔を揃えたのである。その上人が食べていると美味そうに見えるのか、途中から幽助さんも本格参戦する有様。確か今日は感謝の宴だった気がするが、一言も礼を言うことなく隙を狙って上等な一切れをかっさらう。
そうして奪い合いの様相すら呈した黒毛和牛感謝祭は盛況のうちに幕を閉じたのであった。


そして一時間後。
胃の中でいまだ存在感を放つ黒毛和牛を感じながら幽助の自室へ移動した三人は、何故か唐突に目隠しゲームを始めてしまうのだ。全てはそこにたまたまダンボールが転がっていたから。見る物全てがおもちゃになる赤ん坊とそう変わらない生き物……それが中学生男子。
カッター一本の力技で穴を開け、一人がヘッドホンで爆音の音楽を聴きながら背中を向け、残り二人が箱に入れる物を物色するシステムが即座に構築される。

幽助→床に放置されていたいつ食べたのか分からないスルメイカの袋
桑原君→邪魔だからと温子に強制的に置かされている長屋から移動してきたこけし

ときて、いよいよ南野さんの番に。この部屋に危険なものは無さそうだと高を括っているのか、意外と警戒なく両手を差し入れる南野さんを固唾を飲んで見守る不良ズ。

ぷにっ

「ん?」

むにっ
むにっ

「……これは」

何だかむにむにで生温かい。しかもふわふわ。こんなの部屋にあったっけ?

「クッション?」

ぐにぐに

「プウ!」
「痛っ!」

驚いて手を引っこ抜いた南野さんの前に現れたのは、何と臨戦態勢の霊界獣であった。

「何でオレだけ生き物なんですか!?」
「オメー記憶力良さそうだから。工夫しようと思って」


そして二巡目、先程噛まれた人差し指をこれみよがしにさすりながら箱に手を入れる南野さん。

ぷにっ

「……二番煎じは通用しません。プーです」

素早く手を引き抜き、箱を開けた南野さんの前に現れたものは!


何と幽助がつまみに買い置きしていた明太子である。


「だから何でオレだけ……」
「今回は生き物じゃねえよ」
「なまものだから」
「漢字一緒ですよ!」
道理でプーにしては表面つるっとしてるなとは思った。幽助が不自然に席を外したのも、冷蔵庫に向かうためだったのか。


そして迎えた三巡目。
(流石にもうやべえだろ)(武術会では世話になったしな)とひそひそ声で相談し合った結果、浦飯チームのブレインに敬意を表して普通にリモコンなど入れておく不良ズ。こう見えて引き際は心得てんだぜ!
そんな配慮により見事正解した南野さんだが、何故か困り顔でぽつりと。

「ちょっとリアクション考えてたのに」

***

夕暮れの皿屋敷駅前。軽く手を振って改札をくぐる南野さんの背中を見送りながら、どちらともなく顔を見合わせる不良ズ。
幽「何かすげえいい奴だった」
桑「また誘おうぜ」
幽「現地集合でな」
意外と気さくな“蔵馬”の素顔に親近感を抱きつつも、二度目の拷問で満身創痍な彼らがそれにも慣れるのはもっとずっと先のこと。